夏休み明けの信州は、紅葉が始まるまでのわずかな間、本来の静けさを取り戻す。にぎわいのない観光地はさみしさがよりいっそう強まり、旅の楽しさを半減させてしまう側面もある。だが、雲上のワインディングロードをひとり占めできる快感は、何者にも代えがたい。だからボクはCB750を駆り、シルキーワインディング「ビーナスライン」を目指した。
大型台風が近づいていた。天候は不安定で、けっしてツーリング日和などではない。夏の名残りの日差しを浴びて走っているのに、シールドには雨粒が付くといった状況。
だが、気持ちは沈まなかった。ダンプに時折ゆく手をはばまれるものの、行楽のクルマはほとんどなく、国道さえも一定のペースで走ることができるのが、とてもうれしかったのだ。
武石方面へ県道62号に入り込むと、行き交うクルマはさらにない。風になびく稲穂の波が、風景に動きをもたらしているだけだ。道が山間の様相を呈してしばらく進むと、県道の美ヶ原公園西内線の分岐。そこを左に折れる。いきなり急峻な山道となる。次々と現れるヘアピンカーブをクリアするたびに、標高はグングン上がっていく。両側には白樺の林が続く。白樺平の名に偽りはない。
山上の美ヶ原は、標高約2000m。広々とした高原地帯にはいくつもの彫刻が立ち並ぶ野外美術館がある。また、北アルプスの山並みを見渡す眺望も圧巻だ。ところが、それらすばらしい展望は深い霧のなかだった。
風も強く肌寒い。雨じゃないのがせめてもの救いかな。そんな状況にも関わらず、ちらほらと観光客がいるのには驚いた。ボクと同じようにツーリングで訪れているライダーもいる。そういえば、こんなオフシーズンのしかも平日にも関わらず、何台かのツーリングバイクと擦れ違ったっけ。
美ヶ原台上はビーナスラインの北の起点。ここから茅野までのおよそ75kmが通称「ビーナスライン」だ。かつてはかなり高額な出費を強いられた有料道路だったが、3年ほど前に無料化された。おかげで、気軽に走れるツーリングコースとして身近になった。
濡れた路面に気遣いながらも、ボクは喜々としてCBを走らせた。落合の分岐を右に折れると、いよいよ高速ステージだ。 |