世界一周の投稿検索結果合計:6枚
「世界一周」の投稿は6枚あります。
DR250SHC、世界一周、TW200、TW225、キャンプツーリング などのタグがよくつけられています。投稿されたツーリングスポット情報・カスタム事例など世界一周に関する投稿をチェックして参考にしよう!
世界一周の投稿写真
世界一周の投稿一覧
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2022年05月02日
22グー!
世界一周ツーリング 1992.6 - 1998.12
785km - 109554km = 108769km
南米編2
南米も後半戦、佳境に入っていきます。
まずは目的地のひとつ、最南端ウスアイアのロードエンドを目指してひたすら南下。そして今度は進路を北に変えてサンパウロ目指して。
水筒の水が凍るほど、3月のパタゴニアは寒かったのですが、北上するにつれ暖かくなっていったのがうれしかったですね。
トップギアの引きずる様な異音は相変わらず悪くもならないし良くもならないのでずっと5速80km位で走ってました。
1.ペリトモレノ氷河にて。氷河が湖にせり出し、一番手前の氷河が爆音で崩れ落ちてくる様子は大迫力でした。
2.パイネ国立公園はひたすらきれいでした。寒くてずっと鼻水垂らしてましたがwww
宿泊は無料の避難小屋で。世界各国からの10人以上の旅行者と同宿し、旅談義に花を咲かせます。ソロツーリングの楽しみのひとつです。
3.パイネ国立公園の入口(出口?)にて。いやぁ、何もないけどきれいなとこでした。
4.そしていよいよマゼラン海峡。大航海時代に思いをはせながら渡し船で海峡を渡ってとうとうフエゴ島上陸です。
5.ウスアイアのロードエンド。ここから南極半島まで直線距離で約1000km。バイクでたったの2日の距離です。
6.アルゼンチンはとにかく肉が安い!300gで200円しなかったです。ジュースよりもワインが安かったので、いつも紙パックの安いワインを飲んでました。ストーブはオプティマス123R。赤ガス使っていたので煤はよく出ましたが、目詰まりなど故障もせずよくがんばってくれてました。
7.こんなのがウロウロしてるので、キャンプの朝はブーツの中とか要注意でした。必ずトントンはたいてから履いてました。アルマジロもよく見かけました。
8.パラグアイにてスーパーを経営されていた日系移民の方に大変お世話になり、見ず知らずの汚い私を二晩も泊めてくださり、日本食などでもてなしていただきました。こういう思いがけない旅の親切って一番心にしみるんですよねぇ。パーティにも招待してもらいましたが、想像以上に日系移民社会が確立されていて、古い日本の文化もしっかり残した生活をされてました。
9.南米ハイライトのひとつ、世界3大瀑布のイグアスの滝。迫力、美しさともにナイアガラの比ではなかったです。
10.バイアブランカ、ロサリオ、コルドバ・・・等の地名にピンと来る方は同年代ですかね。「母をたずねて三千里」で出てくる地名です。自分がいまそこにいると思うと妙に感慨深かったですw
アルゼンチンの南部はとにかく毎日が苦痛で、景色の変わらない大平原をひたすら走ってましたね。尻は痛いし、退屈だし。ヘルメットの中で歌ばかり歌ってました。
いよいよ南米ゴールのサンパウロに到着。当時のレートでブラジルは驚くほど物価が安かったので助かりました。日本人宿の「ペンション荒木」に泊まり、弓場農場を訪ねたり、南米各地で出会った日本人旅行者と夜な夜なカラオケバーで飲んだくれて美味しい日本食をたくさん食べて楽しいことしてましたwww
一方ではアフリカに渡る準備で奔走もしてました。バイクの徹底整備にはMOTOSABUROの安次富氏にひとかたならぬお世話になりました。トップギアの異音はやはりギアボックス内部の異常とはっきり判明し、結局修理を持ち越すことに。
ロサンゼルスを出発してちょうど1年くらい、オドメーターは56500kmです。
バイクをケープタウンに空輸すべく、またしてもばらして木枠梱包。自分はリオデジャネイロから空路でケープタウンに飛び、いよいよ第3ステージのアフリカ縦断ツーリングに突入です!
あと1~2年かかるかなぁ?と漠然と思っていたのですが、ここから旅の終わりまでさらに5年かかるとはこのときは夢にも思ってなかったですwww
アフリカ編に続きます・・・おいおい(^_^;
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2022年04月27日
27グー!
なかなかバイクに乗れてないのでまたアーカイブから。
世界一周ツーリング 1992.6 - 1998.12
785km - 109554km = 108769km
南米編1
いよいよ未知の大陸、南米です。危険なコロンビアを避けて、バイクとともにエクアドルのキトに飛びました。キトは標高2400m。軽い高山病で頭が重く、空気が薄いのでバイクは吹けず、アンデスを走っている間は最高速度60km/hしか出ずにきつかったです。
大きな転倒があったりひどい下痢をしたり、パーツが手に入らずに行きたかったところに行けずに、とかきつかったのですが、いやぁ、何かと楽しかったですよw
1.南米ルートです。まずは最南端のフエゴ島までパンアメリカーナスル(南米縦断道路)をひたすら南下。
2.2500-2600m級の高地から一気にグアヤキルまで高度を下げました。
途中で急にムッとする空気に変わりました。そして標高を下げるにつれバナナの発酵した匂いが鼻につき始めます。
3.必ず飲もうと思っていたインカコーラ。昔駄菓子屋で売っていた「ミカン水」の様な甘ったるい炭酸飲料でした。
4.ペルーの海岸沿いは意外と砂漠地帯でした。砂丘が多く、12月なので夏なのに風は冷たい。寒流のフンボルト海流の影響です。
道は一応舗装されているものの損傷がひどく穴ぼこだらけ。その穴ぼこのひとつにガツンとはまりフロントタイヤバースト!ハンドルが取れなくなり2m位の段差の砂に突っ込み大転倒!カラダは打撲多数、タイヤは当然パンク、フロントフェンダー割れ、ハンドルはグニャリと曲がり大ダメージでした。どうしようもなく砂の上で砂にまみれてチューブ交換してなんとか再スタートです。
5.南米ハイライトのひとつ、ナスカの地上絵をセスナから見学。
6.やっとの思いでチリ入国。多少先進国なのでかなりホッとしました。すぐにバイク屋を探してチェーンとチューブを仕入れることができました。
7.サンチャゴからビーニャデルマル・バルパライソ。1月の南米は真夏で、レジャーシーズンです。ビーニャの日本人宿「汐見荘」はとても居心地が良く、港町バルパライソの花街はそれはそれは楽しく、3ヶ月も沈没!
毎日ぬるま湯に浸かってましたw
8.サンチャゴで買ったテント。割りと快適で日本に戻ってもしばらく使ってましたね。3月(秋)だというのにすでに寒く、河原で焚き火で暖を取ってます。いよいよパタゴニア。
9.パタゴニアに入ると景色は壮大、雄大、風光明媚。スバラシイ景色の中を走ってました。しかし寒いw
10.こんな景色と道が延々と続きます。町の前後は舗装道路になったりしますが、パタゴニアに入ってパイネ国立公園を抜けるくらいまで約1週間、連続3000kmくらいダートでした。モトクロスタイヤを履いて突入しましたが、ブロックがポコポコ飛んでいつバーストするかひやひやしてました。
ペルーの転倒のダメージはリマの日本人宿「ペンション西海」に滞在しているときにあらかた修理。ハンドルは鉄工所で直してもらいました。フロントフェンダーもブラブラしていたのですがここで応急修理。ちぎれたバッグ類、衣類も修復し再スタート。
しかしこのペンションの食事で強烈な下痢をもらったこと、走行中のチェーン切れが2回あって、マスターリンクの予備がもう無かったこと、山岳地帯にセンドロルミノッソと言う当時かなり危険なゲリラが出没することなどあって、やむなくルート変更。
本当はナスカのあとマチュピチュ、チチカカ湖、ボリビアのウユニ塩湖など回りたかったのですがまっすぐ南下のルート変更を余儀なくされました。
無謀や冒険は旅の中止を意味するので、とにかく危険回避行動が一番でしたね。でもそこに行けなかったことは今でも悔やまれます。
南米編2に続きます・・・そのうち(^_^;
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2022年04月11日
24グー!
世界一周ツーリング 1992.6 - 1998.12
785km - 109554km = 108769km
中米編2
グアテマラは本当にのんびりゆったり癒やされた国でした。このあと内戦が終わって間もないエルサルバドルや「危ない」と言う話をどこででも聞くニカラグア、パナマと中米ツーリングも佳境に入っていくのです。
とにかく国境通過がめんどくさかったw
出国の手続きをして入国の手続きをして・・・ホンジュラスとニカラグアは国境でイヤな思いをしたので用事だけ済ませて素通りでした。ニカラグアでは本当にひどい下痢もしたしwww
パナマでのトラブルは実際にちょっと打ちのめされましたねぇ。自分の不注意が原因ではあったのですが・・・
とりあえずは陸路の終点、パナマを目指して走ってました。
1.中米ルートです。
2.メキシコのティオティワカンのピラミッド。マヤ文明の遺跡ですかね。マヤの遺跡はあちこちにあったのですが、当時ゲリラが出ただの強盗にやられただのの話を良く聞いたのであまりコアなところには行きませんでした。
3.アンティグアの旧市街ではインディへナがいつも民芸品を売ってました。
4.ご飯を食べていても頭に民芸品を載せて少女たちが売りにやってきます。いらないんだけど、かわいいから安いのひとつとか買っちゃうんですよねぇwww
5.国境に着くと必ず両替屋と「国境通関ガイド」が寄ってきてめんどくさい!でも誰かにお願いしないと言葉がわからないので自分自身ではお手上げです。
6.大人はずるいので、できるだけ子供を選んでガイドさせてました。これがまたテキパキとスムーズにやってくれるんですよねぇ。チップも弾んでやりました。
7.ガソリンスタンドなんかではみんな珍しがって親切にしてくれてバイクをきれいに洗ってくれたりしました。
8.走っているといきなり検問があったりでドキッとします。制服を着ているので警察関係と言うことがすぐわかりますが、これが迷彩服とかだとゲリラの検問の可能性もあるので怖かったです。
9.コスタリカの日本大使館で会った同じく世界を回っていた〇川君。BAJAにXL600のタンクを付けて、自分と逆ルートで北上中でした。いろいろと情報交換を。
10.パナマにてスコール後の冠水道路で大きな穴ぼこにはまり転倒・水没。左に立ってる兄ちゃんが何かと助けてくれたので、チップを渡そうと思ったらいつの間にかいなくなり・・・
あとで気づくとチップどころか南米に渡る飛行機代含めたおよそ10万円入りの財布ごとやられてました。これは完全に油断した自分のミスです。
パナマではアメリカ空軍基地内のモーターサイクルクラブの宿舎に泊めてもらえてたので、上記水没のトラブルもなんとかゆっくりしっかりそこで回復することができました。
エルサルバドルのアカフトラにも当時日本人宿があって、日本食を食べさせてくれるのですごくうれしかったです。ここは本当にまったりのんびり居心地が良かったなぁ。酒に〇〇〇に〇〇〇〇〇にはまりましたwww
コスタリカでは、メキシコ本土に渡る際に供託した1500ドルの小切手を待つのに3週間の沈没。テントを盗まれたりあまりいいことなかったのですがヤオハンがあって日本人も多く大使館の方にも親切になったりありがたかったです。
ここより南米には道路がないので海路でコロンビアか、空路でエクアドルの選択を迫られたのですが、大使館から「お願いだからコロンビアはやめてください」と言われ素直に従い空路でエクアドルに。
「冒険」ではないので、いつも危険は最大限に回避してました。
小さなコンテナにバイクを押し込んでいよいよ南米大陸です・・・
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2022年04月04日
25グー!
世界一周ツーリング 1992.6 - 1998.12
785km - 109554km = 108769km
中米編1
サンディエゴからティファナへ。いよいよメキシコに入国。いろんな意味でこれまでとは違うことは覚悟してましたが、一番の不安は言葉。国境を越えた途端に英語が全く通じなくなってかなり慌てましたwww
これほど通じないのは想定外。しばらくはスペイン語圏になるので挨拶、数字、旅に必要な単語からコツコツ覚えました。
自分がこれまで生きてきたのと全く異質の文化圏だったので戸惑ったり腹が立ったりの毎日でした。下痢が増えたのも中米走り出してからでしたねぇw
1.中米に突入前、ロサンゼルス近郊の観光地を巡ってみました。サンディエゴの吉野家では牛丼を。
2.ラリーでおなじみのバハ・カリフォルニアは砂漠気候で、乾いた大地に本当にサボテンがあちこちに。
3.国営(?)のガソリンスタンド。このブランドばっかりでした。
4.ラパスからマサトラン行きのフェリー。アメリカとの国境通過で必要な手続きをしなかったので、この船に乗るのに大変な苦労を・・・
5.国道沿いのドライブイン。この頃は何が書いてあるかさっぱりわからなかったのですが、1ヶ月くらいで大体わかるようになってきます。
6.マサトラン以降は高地を走ることが多く、温帯湿潤気候になります。緑が多くとても気持ちよかったです。
7.メキシコシティ手前の峠。なんか頭が重くバイクも吹けないなぁ、と思っていたら標高3614メートルの峠でした。軽い高山病でした。
8.メキシコはVWビートルが多く、パトカーでさえも。
9.オアハカのガソリンスタンドで。やっぱりPEMEX。
10.グアテマラに入りアティトラン湖を望む高台から。
中南米には「日本人宿」が点在しており、日本人旅行者の多くがそこを目指して旅をしてました。と言うのは各宿に「情報ノート」が置いてあり、旅行者がありとあらゆる情報を書き残してくれているのです。
ビザ取得の方法や場所、国境超え情報など、このノートから得た情報は多かったですが、バイク屋情報とか手に入るパーツ情報とかは少なかったですねぇ。
まー、しかし中米、いろいろしんどい思いもしましたが、物価が安くなったので大変助かりましたw
グアテマラは良かったです。インディへナの人口比が高く、多くのインディヘナが昔ながらの素朴で牧歌的な生活をしてました。
人はいいし、物価は安いし、女の子はかわいいしwww
ここで腰を据えてスペイン語を勉強する日本人が多かったです。授業料や滞在費込みで月に3~4万円でやっていけてました。
トップギアの引きずる様な異音は治らず、ずっと5速80km/hくらいで走ってました。
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2022年04月02日
34グー!
世界一周ツーリング 北米編2
1992.6 - 1998.12
785km - 109554km = 108769km
アメリカはガロン/マイル表示。カナダは日本と同じリッター/km表示。国境を越えたときはちょっと戸惑いました。
普通の先進国なので、普通のツーリングの感覚で毎日走ってましたねぇ。カナダ横断の平原地帯はとにかく退屈でひたすら尻が痛かった記憶しか無いです。
2万キロ越えた辺りからトップギアから異音が鳴り出し、だましだまし走っていたのですが・・・原因がわからず最終的にはケニアのナイロビまでトラブル抱えて持ち越すことになってしまいましたwww
1.数少ない走行写真。こんな窮屈な感じで走っていたとは、初めて写真を見た時に衝撃w
2.アラスカハイウェイの起点
3.「カントリーロード」に出てくるブルーリッジハイウェイ
4.南東部で泊まったユースホステル。ナイスなロケーションでした。
5.フロリダのケネディ宇宙センター。ここも是非寄りたかったとこです。
6.キーウエストの最西端ポイント。
7.親切にしてくれた夫婦・・・ではなく、誰かわかりますか?
アメリカ最大の目的であったランディー・バース夫妻です。彼に会うために涙無くしては語れない多くの苦労があったのですw
8.モニュメントバレーは、その一帯が何か神々しかったです。いわゆるパワースポット。
9.死ぬまでに一度は見たかったグランドキャニオン。ここは本当に壮大でした!
10.最深部で海抜-86メートルのデスバレーのダート。地獄のような暑さでした。
サンフランシスコ郊外のキャンプ場でアリ地獄トラブルに遭い、フィルムを3本紛失しているんですよねぇ・・・
ニューヨークからユタくらいまでの写真多数、バースとのツーショットの写真とかたくさん入っていて悔やんでも悔やみきれません。
この辺りの残っている写真は予備のパノラマカメラで撮影した物だけです。
北米大陸はちょうど3ヶ月で3万キロのツーリングでした。
久しぶりにロサンゼルスに帰ってきて、以前と同じYHに戻ってきたときは無性にうれしかったですねぇ。なんか家に戻ってきたみたいなwww
ここでバイクを徹底的に整備して、いよいよ未知の世界、中南米に突入していきます。期待10%、不安90%でした・・・
当時パサデナにあった日本人経営のスズキディーラーの伊藤さんにはひとかたならぬお世話になりました。本当にありがとうございました!
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2022年03月31日
28グー!
世界一周ツーリング 北米編1
1992.6 - 1998.12
785km - 109554km = 108769km
ロングビーチでバイクを無事に受け取ったものの、バイクの保険だ社会保障だすったもんだしてさらにスタートが2週間遅れました。
アラスカ目指してひたすら北上。右側通行には割りとすぐに慣れました。なんせ道が広いのに圧倒されました。距離を稼ぐにはハイウェイを使えば早かったのですが、車のスピードについて行けずに怖かったのでできるだけローカルな道を走ってましたねぇ。
カナダ北部のロッキー周辺にさしかかると、もう蚊がすごいのなんのwww
休憩に止まろうもんなら山の様に湧いてくるのです。ラーメンを作っているとボタボタとラーメンの鍋の中に落ちてくるし(- -;)
息を吸うと口にも鼻にも吸い込んでしまうレベルで蚊は多かったですw
北極圏はほぼ白夜の時期だったので、多いときは6-700km位走ってましたねぇ。バイクを壊したくなかったのでできるだけ舗装道路を、と選んで走ってたのですが北部はダートが多かったです。しかしほとんどが良く整備されていて走りやすかったです。
1.スタート時のメーター。まだまだきれいです。
2.こんなスタイルでキャンプしてました。
3.北米ルートです。スタート・ゴールはロサンゼルス。
4.日記は沈没(気に入ったり諸事情で数週間から数ヶ月滞在)時以外は毎日書いてました。
5.カナディアンロッキー周辺はホントきれいでした。
6.蚊を避けるためにテントの中でイワシ缶サンド。
7.州を越えると必ずインフォメーションセンターがあり、地図はもちろんコーヒーとかクッキーとか無料でくれます。
8.アラスカの氷河
9.アラスカのユースホステル。夏だけなので簡易なテント張りでした。
10.Dempster HWYで北極圏に突入してInuvikへ。
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