MotoGPという舞台に飛び出してから、今季で3シーズン目の小山選手
マシンに恵まれず、成績が残せなかった昨シーズンまでとはうってかわり、
今シーズンはKTMのファクトリーチームからの125ccクラス参戦となる
小山選手は一体なぜ、「世界」という舞台を選び、走り続けるのだろうか
数限られたファクトリーチームの席を、いかにしてつかみ取ったのだろうか |
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ケガでバイクに乗れない、もうレースは止めるしかない……。そう思っていたとき、お世話になっている関係者から「ヨーロッパを一度見てこい」とアドバイスを受けた。
すぐに単身で見に行ったレースは、オランダGP。そこで衝撃を受けた。
「すごい。オレが目指しているのはこれだ」小山選手はそう感じた。
舞台のスケールが日本とはまったく違っていた。観客の多さ、熱狂ぶり、そしてレースのレベルまで何もかもが比べものにならなかった。
この3月で24歳になる小山知良選手。00年の国内125ccクラスでは史上最年少のチャンピオンに輝き、その翌年からは250ccクラスで、やはり上位の成績を収め続けてきた。当然、世界への切符も手中にあるものとだれもが思っていた。しかし、いざ本気で飛び込もうとしたとき、そこにチャンスはなかった。
「もう、クラスにはこだわらない」。GPへのチャンスを自分の手でつかむため、それまでの250から125にスイッチ、国内でもう1年走り続けた。クラスを落としたことで、まわりからはプライドはないのかと揶揄もされた。でも「GPに行って見返してやる」と、思うだけだった。
MotoGPへの参戦が実現したのは05年。しかし、それから翌シーズンまでの2年間は、決して恵まれた環境だったとはいえない。上位チームとは、マシンの差が歴然だった。トップスピードで20km/h、もちろんコーナーリング性能も劣っていた。それでも、自分のマシンで目指せる最高の順位を必死に狙った。
そんな小山選手に声をかけたのがKTMだ。絶対的な成績は出せていなくても、彼の腕前を十分に見抜いていた。そしていよいよ今季、小山選手はKTMのファクトリーライダーとしてMotoGPに参戦する。
「もちろんチャンピオンを取りたい。チャンスですからね」。今、本当の意味で、小山選手の勝負が始まった。 |
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テスト走行を重ね、マシンのセットアップを行う小山選手とチームのスタッフ。「KTMのマシンはエンジンも車体も最高、チームも期待以上だ」と小山選手は言う。 |
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「走りはだれにも教わっていない」と小山選手。自分で考え、ほかのライダーの走りを見て、独自にアレンジしてきた。今でも、さらなる走りを追求し続けている。 |
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この写真は、小山選手を応援するファンの集いでのワンシーン。世界に出ていっても、ファンを大事にすることは忘れない。今年こそはぜひ、みんなの期待に応えて、表彰台に立ってほしい。 |
小山 知良
1983年3月生まれ。神奈川県出身。3歳のときに父親についてバイクショップに行ったことがきっかけで、ポケバイをはじめる。レース参戦も3歳から。12歳でミニバイクレース、16歳からは本格的な125ccのレースに参戦。17歳で全日本選手権125ccクラスに参戦、史上最年少のチャンピオンに。ミニバイクに乗っていた当時、おこづかいはレースの賞金のみ。勝たなければならないというプロ意識はそのころから。……折った骨の数は数え切れない。 |
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