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インタビュー 吉村不二雄
吉村不二雄
ヨシムラといえば、日本で、いや世界でもっとも有名な
チューナー、パーツメーカー、そしてコンストラクター
日本のレース文化の黎明期から現在まで、ずっと戦いをやめないヨシムラは
レースを、勝負の場であり、鍛錬の世界だととらえている
そしてヨシムラが見ているのは、勝負より、日本の行方でもあった
吉村不二雄
レースは勝負の場であり、修行、鍛錬を続ける場所 ヨシムラの原点は、レースに勝つというスピリットだ
 偉大なる父、ゴッドハンドこと吉村秀雄さんなきあと、ヨシムラを率いるのが吉村不二雄さん。昭和23年、福岡に生まれた不二雄さんがもの心ついたとき、すでに父、秀雄さんは福岡県板付(今の福岡空港近郊)で吉村モータースを開業していた。
「当時、吉村モータースと同時に、九州バルコムモータースとして外車の九州地区の総代理店をやっていたんです。板付基地が近くにあったから、お客さんといえば基地にいる米兵さん。バイクはやっぱりトライアンフが多かったね」と不二雄さん。
 吉村家に生まれ育ち、家業の手伝いからこの道に入った。チューニングをするオヤジさんやメカニックの横で、パーツ洗浄や部品取り外しといった作業を手伝っていた小学生の不二雄少年が、この道でやっていこうと決心しはじめたのは、高校生のころだったという。
「決心なんてものはないですよ。当然の流れのように、オレもこの道でやっていくんだろうな、って思ってた。福岡から東京へ出てきて、最初は福生でやっていたんだけれど、26歳のとき、アメリカに渡ったんです」
 1970年代になると、アメリカレース界でも知られるようになったヨシムラ。71年には世界初のバイク用集合マフラーを発明し、73年にはアメリカにヨシムラレーシングを設立。78年からは、4年連続でデイトナスーパーバイクを制すなど、4ストロークチューニングといえばヨシムラ、の名声はアメリカだけではなく、世界中に広がり始めていた。
 日本のレースでいえば、78年の第1回鈴鹿8耐で優勝し、80年代に盛り上がり始めた全日本選手権へもエントリーを開始。スズキGSXーR750が発売された85年以降は、まぎれもなく日本のトップチームに君臨していた。
「日本での活動に本腰を入れる意味もあって、オヤジは79年に、オレも83年に日本に戻ったんです。GSXーR750発売からは、日本のレースにも火がつきましたね」
 ヨシムラは85年から辻本聡、大島行弥で全日本ロードレースTTーF1クラスを3連覇。それはホンダワークスを抑えての快挙であり、世界のホンダを、厚木の小さなチューニング工場が破るという、いま考えても信じられないような事件だった。
「レースはヨシムラにとってなくてはならないものだし、レースのおかげでいいモノを作って、それを評価してもらえる。だから、勝たなきゃダメ。それはオヤジがつね日ごろからいい続けていたこと。レースは勝負の場であり、鍛錬、修行の場ですね」
 ただひたすら速いマシンを作り、レースで勝ち、それを市販パーツにフィードバックする。そのヨシムラの活動に、新しい芽生えがある。
「これからは、スゴいマシンを作っていくのはもちろん、若いライダーを育成していこうと考えているんです。少子化が進むといわれている現代、このままではどんどんバイク人口が減って、バイクという乗り物が、レースが廃れてしまう。なんとしても避けなければならないよね」
 いま、全日本ロードレースを戦う若手と呼ばれる20歳代のもっともっと下、5歳くらいからのポケバイ人口、10歳前後からのミニバイクにまで視野を広げている。06年から全日本選手権の1カテゴリーとして行われるGPモノに対しても、若手の育成の場としてヨシムラが打って出る可能性もあるのだ。
「ヨシムラがずっとやってきたのは頂点のレース。でも、頂点というものは土台がなければ存在しない。子供のうちからバイクやモータースポーツに触れてもらって、若いレース人口を増やしていく。そうすれば、この国でのバイクの立場だって、もっともっとよくなると思うんです」
加賀山就臣 03年から鈴鹿8耐のみのライダーとしてヨシムラに加わった加賀山就臣。ワールドスーパーバイクを転戦し、05年ランキングは世界5位。吉村氏の評価も高いライダーである。 現在のスタッフに混じって、スズキレースグループスタッフや歴代OBもかけつける、日本のトップチームのひとつがヨシムラ。現在のヨシムラレース部門は、加藤陽平さんがチーフを担当する。
渡辺篤 02年に全日本スーパーバイクチャンピオンとなり、ヨシムラ入りを果たした、現在のヨシムラのエース、渡辺篤。現在は、85-86年の全日本チャンピオン、辻本聡もアドバイザリースタッフとしてチームに帯同する。    
PROFILE
よしむらふじお 1948年11月 福岡県生まれ。幼いころから家業の手伝いでメカニックの道に進み、高校卒業と同時に正式にスタッフの一員に。父、秀雄さんが体調を崩してから、89年に代表取締役に就任。ヨシムラジャパンは、03年に業界に先駆けてISO9001を取得。04年には創業50周年を迎えた。現在ヨシムラスズキJOMOwithSRIXONとして全日本選手権ロードレース、鈴鹿8時間耐久ほかに参戦中。
写真=松川忍 文=中村浩史

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