
りゅうちゃん
▼所有車種
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- ZZR1100
北海道出身、車をやりたく本州へ。車両部品の設計士です。愛車はパーヴィスユーレカ ファントム、愛機はZZR1100Cです。ユーレカをサイバーフォーミュラ化しようとしています。



今の愛機、ZZ-R1100Cに乗り替えて今日でちょうど10年になります(*'▽')
人もバイクもあの頃から変わっただろうか?
お互い見た目はちょっと変わったかな( ̄▽ ̄)
まぁバイクの年齢では27年目。
我が家にやってきた理由も普通に買ったから、ではないけどそれは親父の代の話。
初めてこいつに乗せてもらったのは小学校の頃、いつか乗りたいと思い始めたのは確か中学の頃。
確か「後ろじゃなくて自分でこれに乗れたら自慢してもいい」と言われたのがきっかけだったような気がする。
ただ、乗りたいと思っても当時世界最速を誇るこのバイク、320km/hまで刻まれたメーターは子供でさえ触れてはいけないオーラはあった。
家にあるほかのバイクに比べるとほぼノーマルなのに。
いつもキーは刺してあって、セルを回せば動くのにそれはできなかった。
高校の時、初めてまたがって倒したのが初めてのバイクでの立ちごけ(/ω\)
ネットのなかった当時、その時折ったミラーはひとつ15000円と高価だった(>_<)
折れたミラーはまだ実家に置いてある。
免許を取ったこと自体がZZRに乗るためで、大学でなんの躊躇もなく大型二輪免許まで家にも言わずに勝手に取得。
まぁ否定もされないけど( ̄▽ ̄)
いざ乗れる状態になったときは2と5速が破損していて、クランクシャフトまで強化されたD型エンジンに親父と二日でスワップ。
免許があるのに、この時でさえ試乗ができなかった。
乗せ換えて数か月、雪解けと同時に車検を取得し、この日が2008年の6/11、ちょうど10年前。
15年家にあって、走行距離はたったの12000kmしか走ってない極上車。
不思議なことに、車検場の予約は数日前にしておいて乗り替え最後の走り収めでTZRに乗ったとき、わかっているかのように中山峠でエンジンが焼き付いて終了。
最後だからと回転数も抑えてかぶらない程度にゆっくり走ってたのに。
数時間後に乗り替えることがわかってたのか(´・ω・)
初めて乗ったZZRは拍子抜けするほど楽(*'▽')
なにせチューンした2ストばかり乗ってたせいで、8000rpm以下が使えるバイクなんて初めてだった( ̄▽ ̄)
ただ恐ろしいのが、TZRの6速10000rpmでの最高速をZZRは2速であっさり出して、3速の頃にはもうメーターの桁が変わる加速(/ω\)
大学の隣の新港ゼロヨンではショップのデモカーをカモれるほど。
この立地のせいでスタートだけはまぁまぁうまくなった♪
とにかく慣れるために毎日ワインディングを1日100km、休日は300km以上走り込み、タイヤは1ヶ月持たなかった。
親父のGSX-R1100とかガンマ500とも何度かやりやった(*'▽')
朝里峠、中山峠、支笏湖、新港…結構やってるな(/ω\)
この時はもう愛知に行くのがわかってたから、親父と走れるのもこの半年しかないのはわかってたから。
結局、大学以降一緒に走ったことは一度もない。
知床ツーリングとかにも行って、愛知に持っていき、憧れの鈴鹿でも走り、自分の子供を乗せて走るまでになるとは、昔はまったく想像してなかった(*'▽')
愛音が生まれるってときは、ZZRのおかげで信じられない時間で兵庫の病院までたどり着き、帰りは雪の中を走ったのも今となってはいい思い出( ̄▽ ̄)
普段は寒いとエンジンかからないのに、この時は雪が降りそうな寒い夜なのに一発でかかってくれた(´ー`)
一応、自分の中ではこの時の移動が一つの現役引退、峠とかに行かなくなる節目とはしたものの、まだ組んでないカスタム用のパーツもガレージにあるし、これから先どこまでこいつでいけるだろうか。