 |
レディスモトクロスというのを聞いたことがあるだろうか?
2000年にスタートし、翌年からは全日本選手権として開催されている
その初年度から現在までシリーズチャンピオンに輝いてる鈴木選手
彼女がここまで勝ち続けられる理由にせまってみた! |
|
 |
 |
一回だけの優勝というのならば、運ということもあるかもしれない。しかし、勝ち続けるということは当然それだけの資質を備えているのではないだろうか。06年もシリーズタイトルを手にし、全日本レディスモトクロス選手権7連勝という大記録を更新した鈴木選手。毎レースごとのプレッシャーも大きかったのではないだろうか?
「そんなに感じなかったですよ。むしろ、始めて年間タイトルを取った翌年のレースがいちばんプレッシャーを感じましたね。一回ならばまぐれもあるでしょう? でもそう思われたくはなかったんです」
「ほかの人には絶対に勝ちたいというような負けん気は強い方じゃないですよ」とも言っていた鈴木選手。たしかに話しをしていても、どちらかといえばマイペースといった印象を受ける。鈴木選手の負けん気は、自分自身の内側に向かっていくタイプなのではないか。「一度、自分が取った順位よりも下のものは取りたくない」とも話していた彼女。ライバルをまわりに探していくのではなく、つねに過去の自分自身がライバルなのかもしれない。だから7年もの間、トップで走るためのモチベーションが下がることもなく、いまだにキープしているのだろう。
この鈴木選手のバイクとの出会いは小学校低学年のときだった。
「兄がモトクロスをやりたいといいだして、その練習に自分が走るわけでもなく、くっついていってたんです。それである日乗ってみて、気が付いたら自分も週末ごとに練習して、レースにも出ていた、そんな感じですね。始めてのレースの感想ですか? そのときの気持ちは忘れましたが、圧倒的なビリだったことだけは覚えていますね……」憧れのモトクロスレーサーがいて、というのではなく、もっと速く走れるようになりたい! 純粋に速さを求める気持ちが強く、上達していったのだ。
とにかく動きが激しいことでも知られるモトクロス競技。ケガが絶えないのでは?
「転ぶと痛いじゃないですか。私、痛みにすっごく弱いんです。だからどうしても転びたくなかった。それで、もし転びそうになったとしても必至で耐えていたんです」
ここからも彼女の強さがうかがいいしれる。一発の速さよりも、確実な速さ。たしかに優勝か、転倒リタイヤか? という熱い走りは、見ていて盛り上がり、おもしろいかもしれない。だがどんなレースでも転倒をしないことは、シリーズタイトルを獲得するための必要最小条件なのだ。
現在、平日は大学へ行き、週末になれば、大会で日本全国を転戦する忙しい毎日を送っている。
「全日本選手権の大会に参戦していると言っても、移動手段ははクルマですからね。トランポにバイクを積んで、お父さんとメカニック、私と3人で行くんです。各地に行っても、結局は会場と高速道路しか見てないですね……。大会が終わって、会場を出てくるのは夜ですから、窓の外は真っ暗な道路だけ。まあ、私はレースの疲れでたいてい寝ちゃうんですけどね」
まさにバイク漬けの生活の彼女に、将来の夢を聞いてみた。
「アメリカの大会に参戦したいですね。スポット参戦ではなく、年間のシリーズを通して。じつは前に出たことがあるんですよ。そのとき、走っていた向こうの選手が本当に速くて!」
ぜひともその夢を実現してもらいたい。彼女なら、きっと素晴らしい走りを見せてくれるに違いない。 |
 |
 |
遠くからでもよく分かるオレンジをベースにオリジナルでペイントしたヘルメット。ヘルメット横には誇らしいチャンピオンの証、ゼッケン番号「1」が入り、後ろには自分の名前がいれらている。 |
|
 |
大人3人が寝られて、バイク、レースに必要な備品を搭載することができるトランスポーター。コレに乗って日本全国レース行脚にいくのだ。 |
|
|
 |
スポンサーのステッカーがところ狭しと貼られたフェンダー。名字が鈴木だからSUZUKIのバイク、ではなく、たまたまお世話になっていたという。 |
|
鈴木 沙耶
レディスモトクロス選手権が開催された初年度から、これまで7年間、女王の座についている。卓越した走りは、子どものときから長年バイクに乗ってきた経験が生きている。これを生かして?? 動物的なカンで走る鈴木選手。バイクはもっぱらモトクロス場で乗るだけで、公道を走るバイクは持っていない。 |
|
|
 |
|