ロードレーサーというと男性がほとんどの世界
そのなかで孤軍奮闘してきた丸山選手
ひとたびレーシングスーツに着替えれば
普段のフェミニンな雰囲気からは
想像もつかない熱い走りを見せてくれる
その走りの原点とは? きっかけとは?
子どものときのバイク体験から
サーキットで速く走るためのコツまで
気になるところをうかがってみた |
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非日常の世界が広がっているサーキットいう環境で、ロードレーサーとして活躍している丸山選手。しかし、細身でチャーミングな彼女を前にすると最高速270km/hの世界で戦っているとは思えない。
「サーキットを走ることは、当然タイムが付いてまわるわけですが、タイムが縮んでいって、それに伴って順位が上がっていったときのうれしさというのがいちばん大きいですね。タイムが縮まなくて悔しいこと、辛いこともありますけど、すべては速く走れたときのうれしさをもう一度味わいたいからなんでしょうね」。
現在は全日本ロードレース選手権のGP125に参戦中の丸山選手。2004年にはST600にエントリーしていた。ここまでにバイク中心の生活を始めることになったきっかけとはなんだったのだろう?
「父や母がオートバイに乗っていたわけではないんですよ。11歳のとき、父と散歩をしていて、たまたま家の近所にあったバイク屋さんにQR50が置いてあって『これ乗ってみたいか?』と聞かれて勢いで『うん』と答えたんです。もともとぜん息もちで、体を強くさせたいという親心もあったのかもしれませんね」。
はじめは河原へ家族でピクニック感覚で走りにいっていたけれども、次第に家の近所にあるミニバイクサーキットを走るようになる。そのころは、サーキットを走っている同年代の友達を負かしたい、というよりも父から走りに関して怒られるのが悔しくて走っていたのだという。
「とくに夏休みには朝から夕方まで走っていましたね。朝、父にサーキットまで連れていってもらって、父が会社から帰宅するときに迎えに来てもらうまで、ただひたすらに。それで、夏休みあけのレースで突然3位に入賞したんです。父も俄然やる気満々になって。私自身、少しずつ成長していくタイプみたいで、いきなり速く走れるようになった、とかはないんです」。
速く走れるようになるためには、やはり走り込むことがいちばんだと語ってくれた丸山選手。サーキットで速く走ることに限定していえるとすれば、ひとつのコーナーだけをがんばるのではなく、全部のつながりを考えて走ることなのだそうだ。「サーキットを速く走ることで重要なのはミスをしないことなんです。そう考えて走っても、実際にはミスをしないことのほうが少ないんですけどね」。そんな丸山選手が好きなサーキットは高速サーキットで有名な富士スピードウエイ。やはりスピードの出るコースが好きなのだという。
現在ではゲストとしてサーキットインストラクターを勤めることもしばしば。そのなかで感じたのが、教えることの難しさだ。小さいときから慣れ親しんできたバイクのライディングも、自然に体が動いていたので、改めてその動きについて考えたことがなかったそうだ。その教えるという行為から、実際は自分が教えられていることが多いという。改めて自分のライディングに向き合うことができるからだ。
ここまでバイクにどっぷりはまった生活をしている丸山選手だが、驚いたことに現在は公道を走るバイクは所有していないそうだ。今欲しいバイクは?という質問には即答で「CBR600RRが欲しいです」と返ってきた。
オフの日は、何も予定がなければひたすらボーっとするか、ジムに出かけて体を動かすかだという。
ゆっくり、それでも言葉を選んで話す姿勢は、決して焦らず、でも着実にという彼女が歩んできたバイクの走り方にも通じるものがあると感じた。将来、ロードレーサーを引退するときが来たら、今度は自分でライディングスクールを開くのが夢なのだという。丸山選手ならきっと、だれもがわかりやすく、楽しいスクールを開いてくれることだろう。 |
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今年のDE耐にGooBikeレーシングチームの一員として参戦した丸山選手。物腰も柔らかでロードレーサーとは思えないけれども、バイクに跨り走り出せば、当然速い! |
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洋服やアクセサリーも好きだという丸山選手。とくにいちばん上に写っている指輪は、母親が若いころに身につけていたものをもらったもの。 |
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11歳からバイクに乗り始め、1994年に国際A級に昇格。1999年関東ロードレースエリア選手権GP125クラスシリーズチャンピオンに。2001年には鈴鹿8耐にも参戦した。 |
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