静岡県の浜松に店を構える「オグショー」は
商用のバンをトランスポーターにカスタムするエキスパートで有名
そのオグショーを率いる小栗伸幸さんは、モトクロスのプロレーサー
として活躍し、現在はチームオグショー&アブソリュートから
KTMでMOTO1に参戦するモタードライダーでもある
そんな小栗さんに、ライダーとして……、そして2輪ではなく4輪の
仕事をする、というポリシーなどをうかがってきた |
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小栗伸幸さんが経営するトランスポーターのプロショップ「オグショー」は、商用バンをアウトドアからモータースポーツまで、積むモノ、ユーザーの用途に合わせてカスタムするプロショップだ。
そんな小栗さん自身も17歳からモトクロスを始め、87年に国際A級に昇格後は、ワークスに煙たがられるライダーとして存在をアピールした人で、トランスポーターのパワーユーザーでもある。しかし、起業の理念はそうした経験だけからではなかった。
「レース会場では、ライバルチームのライダーと仲良く話しをすることもできない空気があるんです。バイク好きのボクらがそれを飛び越えるには、自分がバイク屋になって、チームを引きつれてレースをするより、トランスポーター屋としてレース仲間と仲良くできれば良いなと」
そんな思いで起業から14年。いまでは休日返上するほどの多忙な日々が続いているのだ。
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小栗さんが生まれ育った浜松はスズキが本社を置き、ホンダの生産工場があるなど、昔からバイク産業の盛んな土地柄だ。それだけに、バイクのレースへの流れは自然だったのだろうか。
「本当は子供のころから4輪レーサーになると勝手に思っていたんです。76年に国内で初めてF1が開催された当時、村上ともかが連載していたマンガ『赤いペガサス』に夢中で、本気で日本人F1レーサーになって歴史の教科書に載ってやる!と思っていました(笑)。でも、高校生のとき、大金をバイトで貯めて、レーシングカートを買うつもりでカートショップに電話。それじゃ足りないよって冷たく言われて頓挫です。」
そんなとき、星野一義さん(元祖・日本一速い男と呼ばれるドライバー。引退後もレース界で活躍する)の自伝に、「4輪レースにモトクロスの経験が役立った」という言葉を思い出し、自分の才能を見極めるつもりでモトクロスを始めたそうだ。まわりは、子供のころからモトクロス経験のあるライダーが多く、そこから頭ひとつ出ないとプロになれない。
「経験で乗る彼らに対抗するため、ボクは頭を使い合理的に速く走るライディングを心がけました。タイヤブロックの捩れがわかるようになったころ、ライバルに勝てるようになりましたね」
そして、86年には「ジャパンスーパークロス」に参戦。当時小栗さんがテクニック的、人間的ともに目標とし、リスペクトしていたライダー、デビッド・ベイリーとバトルをすることになる。
「ものすごい充実感でした。彼の頭脳的な走りが目標だったので、ベイリーの後ろ姿を見ながら走ったことは忘れられません。ベイリーに出合って、四輪レースのことは頭から消えていきました」
そんな小栗さん、現在はモタードの最高峰、モト1に参戦中。昨年は優勝1回を含む好成績を上げ、今もサーキットでライダーたちの輪を、トランポを通じて広げているのである。 |
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オグショーのベーシックな改造コース、1日コースでトランスポーターに改造した斉藤隆志さん。バイクを運ぶためのフロアー、フックなど機能的にカスタムされる。 |
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6台をいっきに改造できるファクトリー。バイク、ウインドサーフィン、カート、キャンプなど、目的にあった改造をその人のプランにあったカタチで提案する。 |
87年にモトクロス国際A級に昇格。デビッド・ベイリーの走りを目指すことで、モトクロスへの感覚的、頭脳的関わり方に変化があったという。近年は96年にダカールラリーへの参加をはじめ、アラブ首長国連邦で行われるデザートラリー、UAEデザートチャレンジなどの海外ラリーにも参加。また、「アブソリュート」のサポートで国内モタードレースの最高峰クラス、モト1へもフル参戦。40歳を目前に今もエネルギッシュな走りを各地で披露する。 |
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