イタリアはボローニャに生まれ、
ドゥカティを身近に感じながら育ったひとりの男
のちに彼はドゥカティに入社、
ロジスティック部門でその手腕を振るうことになる
そしてこの9月、ドゥカティジャパンの副社長として来日
これからの伸びに注目を集める日本のマーケットを担当するにあたり
戸惑いなく、明確なビジョンを語ってくれたのだ
|
|
 |
2年に1度のドゥカティ乗りの祭典、ジャパン・ドゥカティ・デイ(以下JDD)が9月26日、ツインリンクもてぎ東パドックにて行われた。バイク乗りの祭典というには不運な天候となったが、関東甲信越を中心に集まった参加者たちはJDDに盛り込まれたステージイベントや試乗会などに胸を膨らませ、会場でそのJDDの開始を今や遅しと待っていたのである。
そして、ドゥカティジャパンを代表して、就任して間もない、ファブリッツィオ・カッツォーリ副社長が赤いじゅうたんの引かれたステージに立ち、「チャオ!ドゥカティスティ! みなさんに今日の参加を感謝するとともに、ドゥカティとドゥカティを軸にしたライフスタイルがこのJDDを軸に広がることを期待します」とあいさつをした。その壇上にはJDD直前のインターモトで発表されたモンスターS2Rが2台置かれ、日本市場に対する期待の大きさもにじませていたのである。 |
 |
グーバイクは、エグゼクティブというより、若き熱血社員に見える好漢、ファブリッツィオ・カッツォーリさんにお話を聞いてみた。
「私自身、イタリアのボローニャ出身で、ドゥカティは子供のころから身近な地元企業のひとつでした。そして、この会社に入社して、ロジスティックの仕事をしてきました。私が日本に来ることを決断したのは、信頼する上司の助言もありました。そして、私自身も日本が成長過程にあり、やりがいがある仕事だと判断したことも付け加えておきます。絶好調なタイミングで派遣されるよりも、これから拡大する可能性がある市場を伸ばせるとすれば、とてもチャレンジングですから」
若干34歳。若く瞳に光をたたえたカッツォーリさん。細身で、手足が長く、会場のなかをドゥカティ・コルセカラーのマラグーティーのスクーターで移動する姿もじつにそう快で精悍だ。そんな明るいだて男風な彼なのであるが、来日前、それまで暮らしていた自宅も売却し、日本の仕事に腰を据える覚悟をしてきたという。
「ドゥカティオーナーは、モトGPやスーパーバイクなどの活躍から、レースやスピードというイメージを強く持っている方がいます。同時に、バイクそのものが持つファッション性を評価している方も多くいます。たとえば、スーパーバイクシリーズはそんなイメージどおりのモデルです。もちろん、それだけではなく、ムルティストラーダ、モンスター、スポーツツーリング、スーパースポーツなど、さまざまなキャラクターのバイクを用意してオーナーの好みにこたえる準備があります。また、ドゥカティには長い歴史があり、そのビンテージドゥカティが持つ雰囲気で、わが社のファンになっていただいたとしても、それはすばらしいことだと思います。
つまり、ドゥカティのイメージは、画一的なものではありません。インターネットでいえば、サーバーのような役割だと考えているんです。ですから、今後は、バイクに乗る人はもちろんですが、さまざまなきり口でドゥカティのファンの輪を広げていきたいと考えているんです。たとえば、ドゥカティのロゴが入ったレザージャケットを着て街を歩くというように、乗っていない人もドゥカティのファンになってほしいと思っているのです。
今回は日本では2回目となるJDDの開催です。その世界イベントでもあるワールド・ドゥカティ・ウイーク(WDW)が持つにおいを入れてみたいと思いました。前回のJDDに参加したドゥカティオーナーは、実際に走りたいと希望する人が多くいました。そこで、今回はもてぎという場所を用意して、楽しむことを提供することにしました。そして、会場にはWDWのようなイタリアの文化、ムードを持ち込んだつもりです。ドゥカティを知ることで、イタリアを知ってもらう。そんな広がりをドゥカティから広げていければ、さらに満足のゆくドゥカティライフを送っていただけると考えているからです」
戸惑いなくドゥカティが取り巻くライフスタイルの拡充を語った好漢は、再び、会場のなかを忙しそうに駆けまわるのだった。 |
 |
1969年10月19日生まれ、イタリア・ボローニャ出身。ドゥカティジャパン副社長。就任後、初の大イベントとなったJDDがあいにくの天候となってしまったことで、「日本のいい季節はいつですか? バイク乗りが集まるのにふさわしい季節とか場所を教えてください!」と、早くも次回開催向け意欲的だ。「ツーリングにも行きたいですね、ごいっしょにいかがですか? もちろんドゥカティのバイクでね!」 |
|
 |
|