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国東半島の西に位置する豊後高田は
以前は人通りも少なく、どこにでもある寂しい町だった。
ところが町の有志たちが集まり、手づくりながらもストリートは大変身。
“昭和の町”を再現した観光スポットとして一躍脚光を浴び、
いまでは年間約20万人の観光客が訪れる。
“いつもとは違った趣で撮影できるのでは!”と、さっそく豊後高田に向う。
冬に向って、日毎に風は冷たさを増すが、
幸い、取材当日は太陽が雲の合間から顔をのぞかせる絶好のツーリング日和。
新調した革手袋で、いざ、国東半島へ。 |
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| 出迎えてくれたのは懐かしい看板たちでした。 |
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| 狭い商店街をバイクで進みながら、“これがあの豊後高田!”と驚いてしまった。豊後高田には、いまから10年位前に訪れたことがある。その時は過疎化の進む半島の静かな町というイメージで、特に強い印象は残らなかった。しかし、この変わり様はどうだろう。道に溢れる観光客。飛び交う店主の元気な呼び込みの声。年間20万人もの観光客を集める人気スポットにみごと変身を遂げていた。豊後高田市の歴史は古い。古代から中世は国東半島仏の里にあって、国東豊貴寺を擁するほどの広大な土地を誇っていた。近世は優れた城下町としても繁栄。近代は国東地域一帯の中心地として栄え、大資産家のお膝元でもあった。しかし、日本中、どこにでも見られる商店街の姿を、この豊後高田も追うことになる。大型店に飲まれ、客足が遠のく。高齢化が進む店主たち。しかし、町の再生・活性化を実現するためには、莫大な投資と、身の丈に合わないムリをすることは明らかだった。そこで、「まちづくり版・自分さがし」がはじまる。町の有志たちが集まり、自分たちの町を徹底して洗い出す作業が行われた。店の奥に、人々の記憶の中に、お宝は眠っていないだろうか、町を再生させるヒントは隠されていないだろうか。旧中心商店街の店鋪、住居、空家301軒すべての調査が行われた。幸い、昭和30年代以前に建てられた古い建物が7割りも現存することから、“昭和”というテーマに絞られた。建物本来の姿をありのままに出すことにより、懐かしく、いとおいしい昭和の町並みを再現することに成功した。 |
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